おくすりやさんの白昼夢

こんな服薬指導ができるようになりたい、と思う薬局薬剤師のブログ

リポジストロフィー

リポジストロフィーとは

皮下脂肪細胞が異常に肥大化するリポハイパートロフィー、逆に皮下脂肪細胞が萎縮するリポアトロフィーをまとめてリポ(脂肪)ジストロフィー(形成異常)と呼びます。

リポハイパートロフィーは弾性のあるしこりで、皮膚表面から触れる事ができます。

 リポジストロフィーを起こす薬

以前は一部の抗HIV薬で「後天性リポジストロフィー」と副作用に記載されていましたが、「体脂肪の再分布/蓄積」に表記が統一されました。

そのため、現在「リポジストロフィー」と副作用に記載があるのはインスリン製剤と一部の成長ホルモン製剤のみです。

成長ホルモン製剤

成長ホルモン製剤ではソマトロピンBS皮下注「サンド」シュアパルの添付文書にのみ「後天性リポジストロフィー」と記載がありますが、先発品(バイオシミラーのため、先発品とジェネリックの関係ではないですが)にあたるジェノトロピン®にはその記載はありません。

ただし、成長ホルモン製剤には注射部位の局所の副作用として「皮下脂肪の消失」と記載されています。これは局所的リポアトロフィーと同一と考えられます。

インスリン製剤

インスリン製剤では注射部位の副作用として「リポジストロフィー」と記載されています。これは、遺伝子異常による先天性リポジストロフィーのような全身性の症状ではなく、インスリン注射部位のみの局所的な症状です。

注射部位に起こるリポアトロフィー(脂肪細胞の萎縮、皮膚のへこみ)は、ヒトインスリン製剤が開発される前の動物インスリン製剤が使用されていた時代には報告がありましたが、現在使用されているヒトインスリン製剤、ヒトインスリンアナログ製剤ではほとんど報告がないようです。

よって、現在インスリン製剤によって起こるリポジストロフィーはリポハイパートロフィー(脂肪細胞の肥大、皮膚のふくらみ)と言えます。

日本糖尿病協会の発行する「インスリン自己注射ガイド」にリポハイパートロフィーの症例写真が多数載っていて、とても参考になります。注射部位のローテーション方法などもわかりやすく記載されています。

インスリン製剤による注射部位の副作用にはリポハイパートロフィーと似た症状の皮膚アミロイドーシスもあります。

リポジストロフィーの発生機序

成長ホルモン製剤によるリポジストロフィーは注射部位における皮下脂肪の消失でした。これは成長ホルモンの作用である脂肪分解促進作用で説明できます。

一方、インスリン製剤によるリポハイパートロフィーはインスリンの脂肪合成促進作用で説明できます。インスリンにより脂肪細胞ではGLUT-4の働きで細胞内にグルコースが取り込まれ、細胞内でトリグリセリドに変換されて蓄積されます。

長期間、同じ場所にインスリン注射を繰り返すと、この脂肪同化作用が局所的に起こり、脂肪のかたまり(=リポハイパートロフィー)を形成します。

リポハイパートロフィーを見逃すとどうなるか

成長ホルモン製剤によるリポアトロフィーについて、詳しい資料が見つけられなかったため、ここではインスリン製剤によるリポハイパートロフィーについてのみ見ていきます。

リポハイパートロフィー部位にインスリン注射を打ってもインスリンが血中に到達できずに分解されてしまうため、血糖降下作用が減弱し血糖コントロール不良となります。

リポハイパートロフィー部分は痛みを感じにくいため、患者さんがあえてその部分に注射を繰り返す事で、脂肪の肥大化がより進んでしまいます。また、正常な皮膚とリポハイパートロフィー部分ではインスリン吸収に差があるため、同じ単位数のインスリン注射でも注射部位が変わる事で血糖コントロール不良になったり、逆に低血糖のリスクにもなります。

 

リポジストロフィーの初期症状

注射部位を手で触れることで、しこりやへこみを感じることができます。また、しこりが大きくなると外見上からも膨らみが確認できるようになります。

リポジストロフィーを防ぐには

注射製剤による局所のリポジストロフィーを防ぐには、毎回同じ場所に注射をしないようにするしかありません。前回の注射部位から指2本分ほどずらす、注射部位をローテーションしていくなど、基本的な手技の説明を徹底する事である程度予防できると考えられます。

先ほども述べたように、インスリン製剤によるリポハイパートロフィーができている部位は注射による痛みが少ないため、患者さんが痛みを避けるために同じ部位に打ち続けてしまう事が考えられます。注射前には患者さん自身で皮膚の状態を確認してもらうとともに、病院や薬局で定期的に皮膚の状態や注射手技を確認する事も大切だと考えます。

その他に注意すること

患者さんが「毎回注射部位を変えている」と言っても、おへその左右の同じ場所に交互に注射しているだけかもしれません。また、体が不自由な方は腕の可動域が狭く、自己注射ができる範囲が限定される事があります。その場合、注射部位が重なりやすく、リポジストロフィーなどの局所的な副作用を起こすリスクが高くなるので特に注意が必要と考えられます。

添付文書には「 注射箇所の腫瘤や硬結が認められた場合には、当該箇所へ
の投与を避けること。」と記載がありますが、投薬時にしこりを見つけた場合、その場で注射部位の変更指示はせずに医師に相談する必要があります。皮膚の状態によって薬の吸収速度に差が出るため、特にインスリン製剤の場合は低血糖のリスクが高くなり危険です。

 

服薬指導をしてみよう

case1

注射を打つ部分を指で触ったときに、しこりを感じる事はありませんか?

しこりがある場合、急に注射部位を変えると普段よりインスリンの作用が強く出て低血糖のリスクがあるため、注射部位の変更指示はせずに医師に相談するよう指導します。

case2

体の動きが悪い方や、網膜症などで視力の低下があると、注射部位をずらす事が難しく同じ部位に注射する事が多くなる事も考えられます。

いつもどの部分にインスリン注射をしていますか?打ちにくいと感じることはありませんか?

case3

いつもおへその右と左に交互に打っているよ

患者さんが「毎回違う場所に注射している」と言っても、同じ部分に頻繁に注射している可能性があります。特に長期に渡ってインスリン治療をしている患者さんは慣れによる自己判断もあるので、定期的に確認が必要です。

 

参考資料

日本糖尿病学会誌第58巻第1号

東京女子医科大 糖尿病センター

インスリン自己注射ガイド 日本糖尿病協会  

糖尿病診療ガイドライン2019|一般社団法人日本糖尿病学会

インスリン製剤各種添付文書